本誌記者  馮 建華

今年4月初め、中国衛生部は、20年余りにわたる検討と個々の実践を経た末に、同部の脳死判定基準起草グループが策定した脳死判定基準を近いうちに正式に公表することを明らかにした。これまで衛生部の脳死判定基準の草案はすでに少なくとも6回は書き直されている。

衛生部の発表によると、起草グループは『脳死判定基準(成人)(改訂稿)』と『脳死判定技術規範(成人)(改訂稿)』を策定し、その中で脳死判定の前提条件、臨床判定、確認テスト、判定時間などについて規定し、臨床的脳死診断、脳死確認テスト、自発呼吸誘発テストという脳死判定の3つの手順を明確にした。この3つの手順がいずれも判定基準に達したときに初めて脳死と確認できることになる。

起草グループの専門家によると、同グループの委託を受けた北京首都医科大学宣武医院の5年にわたる臨床の実践と検証を通じて、脳死判定の実現可能性と安全性について深く着実な研究を行い、改訂意見を提出したという。

 

「脳死」を科学的に認識

中国における脳死という概念の提起は1986年に始まる。03年、衛生部の脳死判定基準起草グループは医学雑誌の中で脳死の判定基準と技術的規範について意見を求め、社会各界からの極めて大きな関心を集めた。

08年8月、中国の臓器移植分野で最大の国際協力プロジェクトをスタートさせる式典の席上、衛生部の黄潔夫副部長は、「1980年代以降、脳死判定基準はすでに明確になってはいるものの、中国では脳死が立法化されていないため、医師が脳死を宣告できないだけ」であると表明した。今やWTO、WHOを含む多くの国際組織に加盟し、経済が発展し続け、思想・意識が絶えず前進を続けている中国では、脳死の立法化が大いに必要とされている。

黄潔夫氏は、脳死はいっそう科学的な判定基準として目下、中国を含む80カ国で認められ、14カ国においてすでに立法化されている、と指摘。1986年以降、中国の医学分野の専門家らは脳死判定基準および立法化について多方面への呼びかけを行ってきた。
 
伝統、宗教などの影響で中国人が新たな「死」の概念を受け入れるにはそれなりのプロセスがあるだろう。そのため、黄氏はかつて、心停止、呼吸停止と脳死という2つの概念は同時に並存させることができ、そのうちの1つを当事者が自由に選択できることを強調していた。

同氏はさらに、絶対多数の人々にとって生命の終焉はまず呼吸停止、心臓停止だが、脳外傷や脳腫瘍、脳血管疾患などによってまず、脳幹を含む全脳の不可逆的な器質性の損傷が現れる人も5%おり、これがすなわち脳死だ、と言う。

だが、黄氏が特に強調するのは、脳死が植物状態とは異なる概念だということで、この2つを同列に論じ、混同させてはならないという点だ。脳死が「植物状態」と違うのは、植物状態では脳幹の機能は正常で、その昏睡は大脳皮質が深刻な損傷を受けるかもしくは突然の抑制状態に置かれたことに起因するもので、そのため患者には自発呼吸や心臓の鼓動、脳幹反射があり、蘇生する可能性がある患者もわずかながらいる、という点である。だが、脳死では全脳に器質性の損傷が現れ、自発呼吸がなくなり、脳幹の反応が消え、脳波が1本の直線になり、経頭蓋超音波ドプラー(TCD)による診断が脳死を示す。したがって、脳死は永久のものであり、不可逆的なものなのだ。

実際に、心停止と呼吸停止を判定基準とした「死者」が生き返る例が臨床で少なからず発見されているが、脳死ではその死を救うことはできない。日本ではかつて747例の脳死患者に対するモニタリングが行われたが、その結果、人工呼吸器を外したあとはすべてのケースで最終的に心臓の鼓動が停止した。脳死は一般的に心臓の拍動が停止する前に発生し、このとき人の大脳皮質と脳幹の神経細胞はすでに死んでおり、死んでしまった神経細胞が復活するのは不可能なのである。

それなら、どうして、脳がすでに死んでいるのに心臓が動くという現象がしばしば出現するのだろうか。それは、心臓というものは大脳の支配と調節を受けてはいるが、自律的で強い臓器であり、心筋の収縮・拡張による刺激・伝導を指揮する独立したシステムであるからだ。脳死のあと、人工呼吸器などの助けを借りている状況のもとでは、心臓はなおも鼓動して全身の血液循環を維持させることができるのだ。しかし、大脳を蘇生させることができない限り、こうした心臓の鼓動はもはや生命としての意義を具えていない。

 

 

奥深い意義

黄潔夫氏は、すでに脳死した患者が機械や薬物の助けを借りている状況のもとで心臓の死に至るまでには平均で約7日間かかる、と指摘する。その間、医療関係者は効果のない「緊急救助」活動を大量に行わざるを得ず、1人の脳死者に毎日数千元をかけて呼吸と心臓の鼓動を維持することになる。死者にとって、こうしたやり方は非科学的であるばかりか、価値のないものだ。

「脳死の立法化は資源の節約のためだけでなく、効果がないとわかっている緊急救助措置を行わず、少しでも尊厳ある死に方をしてもらうためでもある。脳死判定基準を実施し、脳死を立法化することは科学に対する尊重であり、古いしきたりを変える具体的な表現だ」と言う黄氏は、脳死を法的に認めることは、臓器移植医学の発展を推進する上でもプラスになり、何千何万という末期患者が再生のチャンスを得ることになる、と指摘する。

黄氏はさらに、中国では目下、心臓、肝臓、腎臓などの臓器移植がすでに臨床でかなりなレベルに達しているが、脳死が立法化されていないため、提供される臓器の質が外国には及ばず、臓器提供源の正常なプロセスに影響や障害が出ている、と指摘。提供源に対する疑念から、中国の臓器移植の臨床分野における科学研究の成果は国際的な承認を得られず、論文を発表できないと同時に、一部の敵対勢力のデマや事実を歪曲した攻撃を招きやすい。

華中科技大学同済医学院の陳実教授は07年3月に開かれた中華医学会臓器移植学会の席上、世界中の臓器移植に携わる者がより多くの命を救うために十分な臓器を得ることができないという同じ試練に直面している、と指摘するとともに、中国では約100万人の尿毒症患者がおり、毎年12万人の患者が新たに増え続けているが、臓器が不足しているために移植治療を受けられるのは年間わずか4000-5000人であることを明らかにした。臓器移植のドナーは主に心停止、脳死した死体と生体だ。

同学会が明らかにしたところでは、中国で最初の人体腎移植が行われたのは1960年で、07年までに中国の人体臓器移植は延べ4万5000症例となり、そのうち腎移植が約4万例を占めるという。02年には臓器移植が5000症例余りとなり、その数は米国に次いで世界2位となった。

07年3月21日、中国国務院は『人体器官移植条例』を公布した。ある専門家は、それまでは脳死が立法化されていないことが臓器移植の「ネック」だと考えられていたが、『条例』が登場してからは、その「ネック」がなくなった、と言う。今のところ、中国では少なくとも63人の脳死者が283の器官を提供しており、270人がそのレシピエントとなっている。

しかし、上海市第一人民医院移植泌尿器科の主任で上海市臓器移植研究センターの主任でもある譚建明教授は、中国の一般大衆にまで「脳死」が受け入れられるにはもう少し時間がかかると見ている。専門家らは、中国の庶民が「脳死」を認めて臓器の提供を望むまでにはなお10年の時間が必要だと見ている。それは、「脳死」という概念が十分に普及している米国ですら、車の運転免許を持つ99%の人が臓器移植に同意しているものの、実施できる腎移植手術は毎年わずか2万例にすぎず、新たに登録される腎移植を待つ患者は40万人に達しているという現実があるからだ。このため、脳死という概念の確立は医学の発展にとって積極的な意義を持ってはいるが、そのために臓器移植の現状が根本的に一新されるというわけでは決してない。

黄潔夫氏も、「脳死判定基準の登場ないしはその立法化が質のよい臓器移植のためだけだと誤解してはならない。実は、精神文明や社会の進歩を唱導できるようなもっと奥深い意義を持っているのであり、限りある医療・衛生資源をより有効なところに用いて幅広い人々にその恩恵を受けられるようにするものだ」と強調している。

 

実践と課題

07年4月10日に中部武漢同済医院が、衛生部の脳死判定基準起草グループの最新基準に基づいて患者の毛金生さんが死亡したことを対外的に宣告した。これは、中国で正式に認定された初めての脳死例である。この患者が亡くなって1カ月余りのち、同医院は緊急救命措置と「脳死」判定を受け入れる全過程を記録した録画資料を公表した。

同年2月23日、患者の毛金生さんは脳幹出血のために同医院に搬送された。さまざまな救命治療が施されたが、依然として深い昏睡状態にあって自発呼吸がなく、心拍動が維持されているだけであった。病院側は家族の同意を得て、世界で通用している脳死判定基準と中国衛生部の『脳死判定基準(第3稿)』に厳格に照らして、彼に対する脳死判定を3回行った結果、いずれも死亡と確認された。

毛さんの親族と子女は、脳死という言葉に含まれる本当の意味を理解したうえで、厳粛に治療合意書にサインするのを放棄した。2月25日23時05分、30時間余りにわたって毛さんの呼吸を維持させてきた人工呼吸器が外された。21分後、彼の心臓も鼓動を停止した。

「脳死」判定基準の登場は、中国の現行の法律に挑戦状を突きつけるものだと言う専門家もいる。一方で、「脳死」が法律による認定を得られるまで、医師が「脳死」した者に対する緊急救助措置を放棄した場合、それを殺人もしくは不作為と見なすべきなのか、という問題がある。このほか、「脳死」判定基準が登場したあとは、遺産相続のような死によって生じる一部の法的権利がいつから発効するのかといった問題もこれにともなって変化が生じてくることになるだろう。

「北京週報日本語版」 2009年4月30日